コレクターコラム

ナポレオン1世の40フラン金貨──革命の混乱を終わらせた「金の力」

「ナポレオン金貨」と聞くと、なんとなくカッコいい響きだなと思う方も多いんじゃないでしょうか。

僕自身、最初は「有名だから高いんでしょ?」くらいの認識でした(笑)

でも調べていくうちに、このコインが単なる「有名人の記念コイン」ではないことがわかってきたんですよね。ナポレオン1世の40フラン金貨は、フランス革命後の経済的混乱を終わらせ、ヨーロッパの通貨制度に約100年以上影響を与えた「金融改革の象徴」なんです。

今回は、この40フラン金貨がどのような背景で生まれ、なぜ200年以上経った今でも市場で流通しているのかを、トレーダー視点でお話しします。


ナポレオン1世 40フラン金貨 1807年
ナポレオン1世 40フラン金貨(1807年、パリ造幣局)
画像出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

ナポレオン・ボナパルトとは何者だったのか

まず、コインの主役であるナポレオン1世(ナポレオン・ボナパルト)について簡単に触れておきます。

ナポレオンは1769年、コルシカ島で生まれました。フランス革命の混乱期に軍人として頭角を現し、1799年のクーデターで第一統領に就任。1804年には皇帝に即位し、「フランス皇帝ナポレオン1世」となります。

彼は軍事的才能で有名ですが、実は経済・金融政策においても革命的な改革を行った人物です。というより、軍事遠征を続けるためには「安定した財政基盤」が絶対に必要だったわけで、そこをちゃんと理解していたんですよね。


フランス銀行の設立──通貨安定への第一歩

ナポレオンが第一統領に就任した1800年、彼が真っ先に取り組んだのがフランス銀行(Banque de France)の設立でした。

フランス革命期、政府は「アッシニア紙幣」という不換紙幣を乱発し、ハイパーインフレを引き起こしていました。わかりやすく言うと、「明日には紙くずになるかもしれないお札」が出回っていたわけです。コンビニで水を買おうとしたら、昨日100円だったのが今日は10,000円になってる──そんな世界ですね。

ナポレオンはこの状況を「これじゃ戦争どころじゃない」と理解し、通貨の安定化に乗り出します。

1800年2月13日に設立されたフランス銀行は、当初は民間銀行でしたが、1803年にはパリにおける銀行券の発券独占権を与えられ、中央銀行としての機能を持つようになります。1806年には総裁・副総裁が政府任命制となり、国家管理が強まりました。

これによって、「政府が勝手にお金を刷りまくる」という状況に一定の歯止めがかかったわけです。


ジェルミナル法──「1フラン=純金0.29g」の誕生

通貨安定の決定打となったのが、1803年3月28日に公布された「ジェルミナル法(ジェルミナル貨幣法)」です。

この法律により、新しいフラン通貨──通称「ジェルミナル・フラン」──が定められました。

ポイントはズバリ、「1フラン=純金9/31グラム(約0.29g)」と金の重量で価値を固定したこと。

これは金銀複本位制と呼ばれる仕組みで、金貨と銀貨の両方が法定通貨として流通する制度です。コインの価値が「金の重さ」で保証されるので、「明日になったら紙くず」という心配がなくなります。

このジェルミナル・フランは、なんと1914年まで──約111年間も運用されました。フランスの通貨制度がいかに安定していたかがわかりますよね。


40フラン金貨の誕生とスペック

さて、本題のナポレオン1世・40フラン金貨です。

この金貨は、ジェルミナル法に基づいて1803年頃から発行が開始されました。ナポレオンが皇帝に即位した1804年以降、本格的な流通が始まります。

基本スペック

項目内容
額面40フラン
素材金(純度90%/21.6K)
重量約12.9g
直径約26.0mm
発行期間1803年〜1815年頃

デザインの変遷

40フラン金貨のデザインには、時代による変化が見られます。

表面(肖像):

  • 初期(統領時代):無冠のナポレオン肖像
  • 皇帝即位後:月桂冠を被ったナポレオン1世の肖像

裏面:

  • 「40 FRANCS」の額面
  • 月桂樹のリース
  • ミントマーク(パリ造幣局は「A」)

縁の銘文:

  • 「DIEU PROTEGE LA FRANCE(神はフランスを護る)」

興味深いのは、帝政初期のコインには「REPUBLIQUE FRANÇAISE(フランス共和国)」の銘が刻まれていることです。ナポレオンは皇帝でありながら、名目上は「共和国」の体裁を保っていた。この過渡期の政治状況がコインに刻まれているわけです。

1809年頃から「EMPIRE(帝国)」の銘に変わり、共和暦から西暦表記へと移行します。


なぜ40フラン金貨なのか?──「流動性」という視点

正直に言うと、ナポレオン金貨で一番有名なのは20フラン金貨です。こちらの方が発行枚数も多く、市場での流通量も圧倒的に多い。

じゃあなぜ40フラン金貨に注目するのか?

これは完全に僕の商売っ気というか役得なんですが(笑)、40フラン金貨の方が希少性が高く、コレクターズアイテムとしての価値があるんですよね。

20フラン金貨は「ナポレオン」「ルイ・ナポレオン」「ルイ18世」など様々な時代のものが大量に出回っていて、地金価格にかなり近い価格で取引されることも多い。要は「金の延べ棒に絵が付いてる」くらいの感覚です。

一方、40フラン金貨は発行枚数が少なく、状態の良いものは地金価格+プレミアムで取引されます。

ただし、ここで大事なのは「プレミアムが付く=儲かる」ではないってことです。

プレミアムは買うときも払うし、売るときにちゃんとそのプレミアムを評価してくれる買い手を見つけられるかどうかは別問題。流動性が低いコインほど「買い手を見つけるのに時間がかかる」というリスクがあります。

これ、宝くじと保険の違いに似てるんですよね。宝くじは「当たったらすごい」けど、保険は「損しないためにある」。コイン選びも同じで、出口戦略を考えずに買うのはリスクです。


ナポレオン金貨の歴史的意義──111年続いた「信用」

ナポレオンが作った貨幣制度の本当のすごさは、「111年間も続いた」ということです。

1803年のジェルミナル法から1914年まで、フランスは基本的に同じ通貨制度を維持しました。その間、ナポレオン自身は1815年に失脚し、その後は王政復古、7月王政、第二共和政、第二帝政、第三共和政と、政治体制は何度も変わっています。

でも通貨制度は変わらなかった

これは「金で価値を保証する」という仕組みが、政権が変わっても信頼を維持できたことを意味します。逆に言えば、フランス革命期のアッシニア紙幣がいかに悲惨だったかの裏返しでもあるんですけどね。

1865年には、フランス主導でラテン通貨同盟が設立され、フランス・ベルギー・イタリア・スイス・ギリシャなどが共通の金本位制を採用します。ナポレオン金貨のDNAは、ヨーロッパ全体に広がっていったわけです。


まとめ:40フラン金貨から学べること

ナポレオン1世の40フラン金貨は、単なる「昔のお金」ではありません。

  • フランス革命後の経済的混乱を収束させた金融改革の象徴
  • 111年間続いた通貨制度の起点
  • ヨーロッパの金本位制に影響を与えた歴史的コイン

「コインを買う」ということは、その裏にある歴史や経済を理解することでもあります。逆に言えば、歴史を知らずに「なんかカッコいいから」で買うと、相場の養分になりかねない。これはどんな投資でも同じですよね。

最終的にどうするかはお客様の判断です。僕はあくまで「こういう見方もありますよ」とお伝えするだけ。

もし40フラン金貨について詳しく聞きたい方がいれば、お気軽にご相談ください。実物を見ながらお話しできると、また違った発見があると思います。


※本記事で使用している画像はWikimedia Commonsのパブリックドメイン画像です。

※本記事は情報提供を目的としており、特定のコインの購入を推奨するものではありません。投資判断は必ずご自身の責任でお願いいたします。

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